大阪のことをそれなりに知っているつもりでも、
たまに思い出す場面があります。
小学校に入学するとき、
私は大阪に引っ越してきました。
今でこそ「大阪の人」と言われても違和感はありませんが、
最初は、正直なところ、
外国に放り込まれたような感覚でした。
理由は単純で、
言葉が通じなかったからです。
授業は分かる。
先生の言っていることも理解できる。
でも、問題は休み時間でした。
周りの子たちが話し始めると、
急に世界の音が変わる。
聞き取れているはずなのに、
意味が分からない。
冗談なのか、本気なのかも判断できない。
その場に「いる」のに、
会話の外側に立たされている感覚。
子どもにとって、
これはかなりきつい。
大阪はよく、
人懐っこい街だと言われます。
でも、
言葉が分からない側からすると、
あの距離の近さは優しさではなく、
圧でした。
テンポが速くて、
ツッコミが鋭くて、
沈黙が許されない。
毎日、
「間違えたらどうしよう」
そればかり考えていた気がします。
そんな中で、
ある男の子がいました。
特別に仲が良かったわけでもなく、
クラスの中心人物でもない。
でも、その子は、
私の反応をよく見ていた気がします。
私が会話についていけずに黙っていると、
横から小さな声で、
「それな、こういう意味やで」
そうやって、
言葉を教えてくれました。
授業みたいな説明じゃなくて、
その場、その瞬間だけの翻訳。
たぶん本人は、
大したことをしているつもりもなかったと思います。
でも、
あの時の私には、
それが本当に助けでした。
それをきっかけに、
大阪の言葉は、
少しずつ「音」から「意味」に変わっていきます。
分からなかった会話が、
なんとなく分かるようになり、
怖かった距離感も、
少しだけ近づいた。
気づけば、
大阪は外国ではなくなっていました。
今、大阪について書いていて思うのは、
私は最初から「大阪の人」だったわけじゃない、
ということです。
一度、
分からない側に立って、
戸惑って、
助けられて、
それから慣れていった。
だからこそ、
大阪の雑さも、
さりげない優しさも、
両方が分かる気がします。
このブログでは、
大阪をよく知っている人間として書いていますが、
同時に、
大阪が分からなかった頃の感覚も、
忘れずに置いておきたいと思っています。
あの男の子がしてくれたみたいな、
説明しすぎない助け方。
大阪には、
そういう優しさが、案外たくさんあります。
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