2026年2月3日火曜日

言葉が通じなくて、大阪が外国に見えた日

大阪のことをそれなりに知っているつもりでも、
たまに思い出す場面があります。

小学校に入学するとき、
私は大阪に引っ越してきました。

今でこそ「大阪の人」と言われても違和感はありませんが、
最初は、正直なところ、
外国に放り込まれたような感覚でした。

理由は単純で、
言葉が通じなかったからです。

授業は分かる。
先生の言っていることも理解できる。
でも、問題は休み時間でした。

周りの子たちが話し始めると、
急に世界の音が変わる。

聞き取れているはずなのに、
意味が分からない。
冗談なのか、本気なのかも判断できない。

その場に「いる」のに、
会話の外側に立たされている感覚。

子どもにとって、
これはかなりきつい。

大阪はよく、

人懐っこい街だと言われます。

でも、
言葉が分からない側からすると、
あの距離の近さは優しさではなく、
圧でした。

テンポが速くて、
ツッコミが鋭くて、
沈黙が許されない。

毎日、
「間違えたらどうしよう」
そればかり考えていた気がします。

そんな中で、
ある男の子がいました。

特別に仲が良かったわけでもなく、
クラスの中心人物でもない。
でも、その子は、
私の反応をよく見ていた気がします。

私が会話についていけずに黙っていると、
横から小さな声で、

「それな、こういう意味やで」

そうやって、
言葉を教えてくれました。

授業みたいな説明じゃなくて、
その場、その瞬間だけの翻訳。

たぶん本人は、
大したことをしているつもりもなかったと思います。

でも、
あの時の私には、
それが本当に助けでした。

それをきっかけに、
大阪の言葉は、
少しずつ「音」から「意味」に変わっていきます。

分からなかった会話が、
なんとなく分かるようになり、
怖かった距離感も、
少しだけ近づいた。

気づけば、
大阪は外国ではなくなっていました。

今、大阪について書いていて思うのは、
私は最初から「大阪の人」だったわけじゃない、
ということです。

一度、
分からない側に立って、
戸惑って、
助けられて、
それから慣れていった。

だからこそ、
大阪の雑さも、
さりげない優しさも、
両方が分かる気がします。

このブログでは、
大阪をよく知っている人間として書いていますが、
同時に、
大阪が分からなかった頃の感覚も、
忘れずに置いておきたいと思っています。

あの男の子がしてくれたみたいな、
説明しすぎない助け方。
大阪には、
そういう優しさが、案外たくさんあります。

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