まだ夜ではないのに、
もう昼の明るさは残っていない。
駅のまわりには人が多くて、
電車の音も、店の明かりも、
どこかせわしなく動いています。
でも、その中を歩いていると、
ふと自分だけが少し立ち止まっているような気分になります。
十三という街は、
きれいに整えられた街というより、
人の生活がそのまま残っている街だと思います。
細い道。
古い店。
にぎやかな看板。
駅へ急ぐ人。
飲み屋の前を通り過ぎる風。
そういうものが全部混ざって、
十三らしい空気になっている気がします。
夕方になると、
梅田の高いビルとはまた違う、
生活に近い大阪の景色が見えてきます。
どこか懐かしくて、
少しざらっとしていて、
でも冷たくはない。
大阪には、
立派な場所もたくさんあります。
きれいな駅ビル。
大きな商業施設。
観光客が集まる場所。
けれど、十三の夕方には、
そういう場所とは違う強さがあります。
毎日を生きている人の気配。
仕事帰りの疲れ。
ちょっと一杯飲んで帰りたい空気。
家に帰る前の小さな寄り道。
そういうものが、
街の中にちゃんと残っています。
夕方の十三を歩いていると、
大阪はきれいごとだけの街ではないなと思います。
便利で、にぎやかで、
でもどこかしんどさもある。
人が多いのに、
それぞれが自分の疲れを抱えて歩いている。
そんな当たり前の景色が、
妙に心に残ることがあります。
街はどんどん変わっていきます。
新しい建物ができて、
古い店がなくなって、
昔からあった風景が少しずつ消えていく。
それは仕方のないことかもしれません。
でも、全部がきれいに整いすぎると、
そこにあった人の温度まで、
少し薄くなってしまうような気もします。
十三の夕方には、
まだその温度が残っているように感じます。
うまく言えないけれど、
ここには生活がある。
成功している人だけの街ではなく、
毎日をなんとか過ごしている人の街でもある。
だからこそ、
夕方の光が似合うのかもしれません。
明るすぎず、
暗すぎず、
今日一日の終わりを静かに受け止めるような光。
十三の夕方を歩きながら、
自分もまた、その景色の中にいる一人なんだと思いました。
特別なことは何もしていない。
大きな答えが見つかったわけでもない。
ただ、駅へ向かう人たちを見て、
店の明かりを見て、
空の色が少しずつ変わるのを見ていました。
それだけなのに、
なぜか少し落ち着きました。
大阪の街は、
派手なところだけが魅力ではないと思います。
十三のように、
少し古くて、少し騒がしくて、
でも人の気配が濃く残っている場所にも、
大阪らしさはちゃんとあります。
夕方の十三で考えたことは、
そんなに大きなことではありません。
ただ、きれいに見える街だけが、
いい街ではないのかもしれない。
少し雑で、少し疲れていて、
それでも明かりがついている街。
そういう場所に、
人はふと救われることがあるのかもしれません。
十三の夕方は、
今日もたくさんの人を飲み込んで、
また夜へ向かっていきます。
その中で少しだけ立ち止まって、
自分のことや、大阪のことを考える。
そんな時間も、
悪くないなと思いました。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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